今回は有松絞を現代的な感性で表現する「まり木綿」を取材しました。
まり木綿は、地元の名古屋芸術大学出身の、村口 実梨(むらぐち まり)さんと伊藤 木綿(いとう ゆう)さんの二人が手掛ける
有松絞による小物や服の専門販売店。従来の有松絞のイメージを変える、ポップな柄と鮮やかな色合いで注目を浴びています。
大学で同級生だったお二人がどのようなきっかけで有松絞をはじめたのか、インタビュー形式にてご紹介します。
“まり木綿”誕生のきっかけは「有松絞って面白そう」
村口さんと伊藤さんが大学3年生だった頃、「地場産業との連携」をテーマとした授業の一環で、「有松絞」に出会ったことが“まり木綿”を始めたきっかけと伺いました。
当時のことを少し詳しくお聞かせ頂けますか?
簡単にかわいい柄が出せる「板締め絞り」という技法を用い「世の中に流通させるアイデアを考えて染色する」という授業の課題がありました。
授業の講師は京都の人気和装・和小物ブランドSOU・SOUの若林剛之社長。私たちが地下足袋等の商品を制作するにあたり染めた生地をご覧になった若林社長が掛けてくださった「授業とは別でSOU・SOUのTシャツや手ぬぐいの作成をしてみないか?」という一言が、まり木綿の始まりです。
ちなみに”まり木綿”という名前は、村口 実梨(むらぐち まり)と伊藤 木綿(いとう ゆう)、制作者二人の本名に由来しますが、このブランド名の名付け親も若林社長です。
制作だけでなく実際に自分たちで販売することも経験し、商品を手に取ったお客様と直接話す機会もありました。
その中で「有松絞という名前は聞いたことがあるが、実際は身近に感じたことはなかった」「絞り染めと聞くと古風で高価なイメージがあったが、こういう商品なら身に着けて使ってみたい」という声を聞いたのです。
”有松絞をもっと身近に感じてもらえるもの作りができたら面白いのではないか?”
そう思った私たちは、若林社長はじめ様々な方々にお力添え頂きながら、大学卒業後に有松で店舗を構えることになりました。
制作活動の原点は、お客様に寄り添うこと
自分も使いたいと感じること
まり木綿さんの“伝統は鑑賞するものではなく、日々の生活に寄り添い使い続けていくもの”という理念の原点は、このときのお客様からの声だったのですね。
まり木綿は当初、地下足袋と手ぬぐいの2種類の制作から始まりました。
作った商品を自分達でも身に着けていると、お客様から「それかわいいね」「こういう商品があるといいな」という声をいただくことがあります。
お客様から直接いただく声が、洋服や小物など新しい商品や柄へ挑戦に繋がり、商品展開が広がってきました。
使ってくれる人がいないと、どんなに良い商品も生きていく事ができません。
「日々の生活に寄り添ったものづくり」を実現するには、”制作”と”販売”のどちらも“人”のそばに身を置く事が重要だと私たちは考えています。
失明の危機を乗り越えて生まれた“まり木綿らしさ”
大学を出て間もないお二人がこれまで全く所縁のなかった有松で開業されて、苦労もたくさん経験されたかと思います。
特に大きな転機となった出来事はありますか?
実は開業して3年目の染色作業中に、作業を誤って失明しかけたことがありました。
有松絞の従来の染色方法は危険が伴います。染色は男性の職人さんが担当される事が多かったのも、体力仕事で危険が多いことが関係しているかもしれません。
「失明していたかもしれない……」その現実を前に私は有松絞制作を辞めることも考え、最終的には染料方法の変更をパートナーの伊藤に提案しました。
しかし、染色方法の変更は、制作に掛ける時間が長く、表現面でも従来の色合いが出せなくなる可能性もありました。
私たちらしいポップな色や柄に惹かれて購入されているお客様が離れていくのではという不安もあり、2人の間でも意見が衝突する日々でした。
最終的には従来の染色方法や道具を見直し危険度が少ないものに変え、試行錯誤を繰り返し、自分たちの表現したい技法を見つけていきました。
染料方法を改める一方でまり木綿のオリジナリティを失われないよう新たな工夫を重ねました。
代表的なものが染色方法です。私たちは染色の工程で筆を使います。
太さが異なる何種類かの筆を使い、細かい箇所まで色を染みこませるようにします。
筆を使い何回も重ねて塗り、中まで十分に色を染み込ませることで、表現したい色合いを作り出す事が出来ます。
この方法では従来どおり染色するだけなら5分程度で終わる工程も、筆を使った染色では少なくとも20~30分はかかり作業時間が増えるというデメリットはあります。
しかし、従来の方法というのは、言い方を変えれば他の誰かでも出来る方法という事。
新しい手法を編み出すことで表現の幅が広がり、今の“まり木綿ならでは”の世界観を生み出す事に繋がったと思います。
生活に寄り添うからこそ変わり続けるブランドへ
まり木綿さんの今後のビジョンについてお聞かせください。
今後は、まり木綿の有松絞を多くの方に体験していただけるワークショップの開催を積極的に実施していきたいと考えています。
今までも学校などへ出張し体験型ワークショップを開催することはありましたが、まり木綿の他とは違う染色方法を試したいという声を数多くいただきワークショップの参加者を定期的に受け入れられる環境づくりを進めています。
新型コロナウイルスの流行による生活の変化から、店頭で直接お客様と接する機会が少なくなりましたが、イベントを通して対話を楽しむ機会を増やせればと思っています。
はじめは「少なくとも3年は続けたい」と思って始めた事業ですが、今は求めてくれる人がいるうちは続けたいと思っています。
徐々に2人だけでは手が回らない事も増え、今は数人のアルバイトさんにお手伝い頂いています。
将来的にもっとスタッフが増えれば、どんどん新しいことにチャレンジできるようになります。
そうやって今までと違う体制づくりを目指すことで、まり木綿の新しい一面をお見せすることが出来ると感じています。
世の中の状況やお二人のライフスタイルが変わる中、まり木綿さんも“身近に寄り添うものづくり”として日々変わっていくのですね。
私たち二人も出産や育児を経験し、開業当初から生活が大きく変わる中で、「子どもにやさしいものづくり」という視点の関心も強くなっています。
例えば草木染めなど自然を活かした染色技法を追求し、より安全に身近なものを届けられるといいなと思っています。
いずれは海外進出も視野に、有松絞との出会いのきっかけとなった「板締め絞り」をこのまま続けながら、更なる可能性を切り開いて前へ進んでいきたいと思います。
まり木綿さんの作業風景
「本当の意味で有松の方々に認められるまで、私たちは職人と名乗るべきではないと考えている」と話した村口さんは、ご自身を「クリエーター」と仰っていました。
伝統の技法を守りながら、自分たちの世界観を表現する工夫を重ね、伝統工芸を“消費者の身近な生活に寄り添うもの”として昇華する姿勢は、まさにその言葉を体現しています。
①畳み・挟み
布を三角形に折り畳み、3~4枚程度重ねて1つの束を作る。この染色前の準備段階が実は大変な作業だという。
②染料の準備
染色用の染料の分量を量り、調合する。
③調合
染料と助剤を混ぜて調合する。当初に比べ危険性が低い助剤を使用している。
④染色
1つずつ筆で着色したり、染液に浸染したりして布を染めていく。
⑤定着
着色した布を密閉袋に入れ、8時間~1日程度放置する。
⑥水洗い(1回目)
流しっぱなしにした水につけ20分程度洗い流す。繊維に染み入らなかった余分な量の染料を落とす工程。
⑦石鹸洗い→水洗い(2回目)
お湯を張り、石鹸で染料を綺麗に洗い流す。その後、石鹸を綺麗に洗い流す。その後テンター掛け(アイロンをかける工程)を経て製品へと加工する。
まり木綿さんのお店紹介
公式ホームページ内のオンラインショップにて、まり木綿さんの商品をご購入いただけます!
※一部商品は名古屋国際会議場売店でも販売しています。